【義眼と歩む生活】網膜芽細胞腫で片目を失った私の経験

からだの記録

私は幼い頃、両眼性の網膜芽細胞腫により片目を摘出し、それ以来ずっと義眼とともに生活しています。

義眼は見た目を整える役割が大きいと言われますが、私にとっては”体の一部”のような存在です。

成長の中で義眼を作り替えたり、見た目に戸惑ったり、手入れに悩んだりと、いろいろな経験をしてきました。

この記録では、義眼を使い始めてから現在までの「義眼にまつわる経験」についてまとめています。

私と網膜芽細胞腫と義眼

私は、0歳3か月で両眼性の網膜芽細胞腫となり、片目を摘出しました。

(詳しくは「網膜芽細胞腫の治療と現在までの経過」を参照)

私が初めて義眼を装着したのは、治療がある程度落ち着いた0歳11か月の時でした。

義眼にはレディメイド(既製品)とオーダーメイドがありますが、私は成人前はレディメイド、成人後はオーダーメイドを使っています。

義眼の作り替え

はじめて義眼を作ってから幼稚園(5歳)までの間はわかりませんが、成長や体の変化にあわせて何度も義眼を作り替えています。

  • 幼稚園で1回
  • 小学生で2回
  • 中学生で1回
  • 高校生で1回
  • 成人後
    • 義眼台の手術後に1回
    • 眼形成の手術後に1回

義眼台の手術前は厚みのある義眼を使用していましたが、手術後は薄い義眼になりました。

義眼台の影響かもしれませんが、薄い義眼になってからの方が、目をこすった時などに義眼がクルクル回りにくくなったと感じています。

眼形成の手術後は新しく義眼を作っておらず、今の義眼は10年以上使用しています。

厚生労働省は、義眼の耐用年数を2年と定めています。

残された目も年齢とともに変化してくるため、もしかしたら作り替えた方がいいのかもしれません。

しかし、私には義眼以外にも網膜芽細胞腫によるアピアランス(見た目)の問題があるため、義眼の微妙な違いは後回しになっているのだと思います。

(詳しくは「【アピアランスの問題】見た目の悩みが私の人生に与えた影響」を参照)

最近は”義眼を個性”とする方もおり、X(旧Twitter)で宇宙空間のようなデザイン義眼を装着した姿の投稿を見たことがあります。

それを見て「どうせアピアランスの問題が解決しないなら私も…」と思い、アニメ「NARUTO」に登場する”写輪眼”の義眼を作ってもらおうと、義眼屋さんに直談判したことがあります。

ばっしー
ばっしー

作成には15万円(もちろん100%自己負担)かかることと、クオリティの保証ができないということから、作成には至りませんでした。

義眼とアピアランス(見た目)の悩み

義眼には見た目を整える役割がありますが、どうしても限界があります。

私も義眼を使っていることで、さまざまな悩みを抱えています。

  • 義眼の向きが気になる
    • 目をこすった時などに、義眼が回って”あさっての方向”を向いてしまわないか心配
      • 実際に小学生のころ、友達に「目が変なほう向いてる」と言われたことがあった
      • 義眼の形を横に長くすることで、義眼が回転しにくくなる
  • 目が動かない
    • 義眼は常に正面
    • 見える方の目が動いたときに連動しないため不自然
      • 調べてみると、医学の進歩で「義眼を可動させる方法」はあるようです。
  • 瞬きができない(調べてみると、「義眼 = 瞬きができない」ではないようです。)
    • 片方だけ瞬きをする違和感(いつでもウィンク)
    • 寝る時も片目が開いたまま

義眼のお手入れ

義眼は、毎日のお手入れが必要であり、最低でも1日1回は水道水で洗う必要があります。

私のように、網膜芽細胞腫で眼球を摘出した場合、小さい頃から義眼を使用します。

義眼の手入れは、3歳~4歳で自分でできるようになる子もいるそうですが、私は小学校低学年まで祖母にやってもらっていました。

私は朝に水道水で義眼を洗っていますが、下まぶたの淵に沿って乾いた目やにが義眼にこびりつくことが多く、昼と夜もお手入れをしています。

朝と夜は自宅でお手入れができますが、お昼のお手入れが悩みどころです。

公共のトイレの洗面台で義眼をはずして洗えるほど、私のメンタルは強くありません。

仕事や外出でお昼に義眼のお手入れをするときは、以下のようにしていました。

  • トイレの個室に入り清浄綿でふき取る
  • 多目的トイレの洗面台で洗う

人目につかず、義眼のお手入れができるのは良いのですが、”トイレ”というところとが少し気にはなります。

ばっしー
ばっしー

以前、義眼屋さんから「義眼が乾きにくくなる点眼(オイル)」を勧められましたが、義眼を水道水で洗う時のヌルヌル感が強く、私にはあいませんでした。

おわりに

私は幼い頃、網膜芽細胞腫によって片目を失い、義眼とともに生きてきました。

義眼と歩む生活は、片目が見えないだけでなく、精神面や金銭面でも障壁となることが多いと感じています。

私にとって義眼は“悩みの種”でありながら、同時に“体の一部”でもあります。

いつか医学が進歩し、同じ悩みを抱える人が少なくなる日が来ることを願っています。

この記録が、義眼とともに歩む方やご家族の一助になれば幸いです。

ばっしー
ばっしー

「わたしの声が、誰かの希望になる」ことを願っています。

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