網膜芽細胞腫とアピアランスへ向けられた言葉 【こころの痛みをたどる記録】小学生編

こころの記録
ばっしー
ばっしー

この記録には、私が網膜芽細胞腫になったことで経験した「小学生のころの体験」をまとめています。

本人はもちろん、親御さんやご家族の参考になればうれしいです。

下の記録で、網膜芽細胞腫によるアピアランスの問題が、私の人生に与えた影響についてまとめています。

小学校の環境

私が通っていた小学校は、田舎にある一般の小学校です。

小学校は小規模で、全学年1クラスしかありませんでした。

ほぼ全員が地元の子どもで、入学から卒業までクラス替えがなく、転校生を除き6年間ずっと同じクラスメイトでした。

(周辺に複数の団地ができたため、2025年現在は1学年5~6クラスのマンモス校になっています。)

特別学級は、小学3年生くらいのころにできましたが、一般のクラスで過ごしていました。

通学は基本的に徒歩でしたが、ひと山超えなくてはならず、子どもの足で片道50分程度かかっていました。

小学校での生活

ばっしー
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私の知る限り、クラスの中に「いじめ」や「問題児」の存在はありませんでした。

網膜芽細胞腫に伴うこころの痛みとしては、上級生・下級生との関わりの方が記憶に残っています。

生活

小学生のころも、不登校になることなく学校に通えました。

1~2ヶ月に1回は定期検診のため、通院のため早退していました。

座席は前の方にしてもらっていましたが、勉強や体育、休み時間の過ごし方に著しい制限を感じたことはありませんでした。

兄と友達が「スポーツ少年団(野球)」に入っていたことから、高学年になって入団しました。

守備はなんとかなりましたが、ボールが小さく、遠近感もわかりづらかったため、全然打てませんでした。

幼稚園のころ、人との違いを指摘されて辛い体験をしたためか、小学生のころは「自分が弱い人間と見られること」に強い抵抗がありました。

(詳しくは「【こころの痛みをたどる記録】幼稚園編」を参照)

  • 人前では泣きたくない。
  • 辛いことがあっても誰にも言いたくない。
  • 人よりも勉強・運動が優れていなくてはならない。

そんな思いを強く持ち、小学校生活を過ごしていました。

それが幸いしてか、テストの点数は良く、高学年の時はリーダーや委員長など、みんなの先頭に立つ役割を多く行っていました。

ばっしー
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メガネや義眼など(”目が悪い”なども含め)について触れられることで、自分が周りよりも弱い人間に思えてくる。

しかし、先生や親に相談することは、「逃げる」「さらに弱い人間」と感じてしまう。

だから、「そんなこと言われても無視」「そんなこと言われても全然へーき」と強がるしかない。

ゆえに、そういったことを言われないように優位に立つしかない。

その結果、私の中で”反骨心””承認欲求”が強くなったのかもしれません。

弱さを見せられない心理 × 慢性疾患の子ども

  • 慢性的な医療経験を持つ子どもは、弱さを見せないように振る舞うことで自尊心を守ろうとする傾向があることが報告されています。
  • 特に、小児がん経験者は“強く見せる”、“感情を抑える”といった防衛的な適応スタイルを取りやすいことが指摘されています。
    • (Phipps et al., 2001; Compas et al., 2012)

網膜芽細胞腫・視覚障害の影響

  • 他の子どもやボールにぶつかって、メガネを修理する機会が多かった。
    • 視覚障害の影響で、右側の状況が把握しづらい。
    • 左目の内側下方が見えず、段差を昇る時に顔を下に向けていたため、右側から走って来た女の子の膝が私の顔面に直撃したことがあった。
  • 低学年のころは、プールに入った記憶がない。
    • 中学年のころは、プールに入りたくなかった。
      • なぜか、人前でメガネをはずす事に抵抗があった。
    • 高学年のころは、夏休みもよくプールに行っていた。
      • ある時、友達に「メガネをはずした方がかっこいい」と言われてからプールへの抵抗がなくなった。
  • 運動の制限はなかったが、メガネが落ちないように、マジックテープのベルトをつけていた。

アピアランスの問題による影響

日常生活では、クラスメイトから見た目のことについて、触れられることはありませんでした。

  • 上級生や下級生からは、(悪意がある)心ない言葉が向けられることがあった。
    • (詳細は体験談に記載)
  • バスでの長距離移動や泊りがけの行事に不安があった。
    • 寝る時に右目だけ開いたままになってしまう。
      • 合宿や修学旅行で、寝顔を見られたくなかった。
      • バスでの長距離移動の際は、どんなに眠くても寝ない努力をしていた。
ばっしー
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当時の私には、眼帯やアイマスクを使うという選択肢はありませんでした。

小学校5年生の合宿の時に、一番仲の良い友達に右目のことを打ち明けたことがあったのですが、夜中にトイレへ起きた時だったためか、友達の反応が薄かったのを覚えています。

アピアランス差異 × 小学生の心理

  • 小学生は仲間内の同質性を強く求める時期で、外見の違いがからかいの対象になりやすいことが研究で示されています。
  • 外見に関する”からかい”は、子どもの自尊心や心理的健康に大きな影響を与えることが報告されています。
    • (Kostanski & Gullone, 2007)

先生の対応と関わり

先生とは、網膜芽細胞腫による視覚障害やアピアランスの問題に伴う体験について、話をしたことはありません。

また、私自身が辛い気持ちを先生に相談することを、

  • 逃げること
  • 弱い人がすること

と思っていたため、そういった話をすることはありませんでした。

日常生活では、網膜芽細胞腫による視覚障害やアピアランスの問題に悩むことがなかったため、”相談する必要がなかった”というところもあります。

ばっしー
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余談ですが、低学年のころ、なぜか兄の担任の先生にすごくチヤホヤされていました。

両親・兄弟の対応と関わり

先生と同様に、両親にも網膜芽細胞腫やアピアランスの問題を含め、辛いことがあっても一切伝えていません。

やはり、家族からも「弱い人間だと思われたくかった」という気持ちがありました。

また、両親の方から網膜芽細胞腫やアピアランスの問題について、聞かれたり説明されるといった事もありませんでした。

兄の同級生から、からかわれたことがあったので、その時1度だけ兄に相談したことがあります。

学校生活では、兄弟と関わることはなかったです。

友達との関わり

クラスメイトは、入学から卒業まで同じだったため、男女ともにみんな仲が良かったと思います。

冒頭でも話した通り、私の見た目の問題にも触れてくる人はおらず、日常生活での辛い体験はほとんどありませんでした。

放課後は、近所に住んでいる友達・上級生・下級生とも遊び、平穏な友好関係でした。

ばっしー
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「田舎にある小規模の小学校」という環境が良い方向に働き、いい友達に恵まれたなと感じています。

こころの痛みの記憶

小学校での生活は、クラスメイトとの日常は穏やかに過ごせましたが、一部の上級生や下級生からの心ない言葉に傷ついたことがありました。

ここでは、その中でも特に記憶に残っている体験をまとめています。

【体験1】「おい、メガネ!なんでそんなメガネしてるんだ?」

私が小学2年生のころ、兄(小学4年生)と一緒に帰るため、兄のクラスへ行った時の話です。

兄のクラスメイト(眼鏡をかけた、ひょろっとした人)に、「おい、メガネ!なんでそんなメガネしてるんだ?」と言われたことがありました。

私は、泣きそうになるのをこらえて、ただ無視する事しかできませんでした。

その後も、兄のクラスに行く度に、その人から繰り返し言われたため、兄に相談したことがありました。

兄は「あんなやつの言うこと気にするな」と言っていましたが、その人に言われる度に辛い気持ちなったことを覚えています。

ばっしー
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私の見た目の悩みの要因はたくさんありますが、小学生までは「メガネ」のことばかりでした。

存在を知らないからなのか、義眼については一切触れられたことがありません。

【体験2】大人がいると「○○くん」、いない時には「おい!メガネ!」

私が小学5年生の時に「スポーツ少年団(野球)」へ入団した時の話です。

もともと兄が入団していた事と、同級生が複数人いた事で、私もやってみようと思い入団しました。

しかし、私が入団する前からいた下級生(1つ下)の一部が問題でした。

  • 周囲に大人の目がない時は、私を「おい!メガネ!」と呼んでいました。
  • 周囲に大人の目がある時や、ゲームを貸してほしい時は「〇〇くん」になります。

これはもう、完全に意図的で悪意がある行為でした。

下級生からこんな扱いをされて、悔しい気持ちや辛い気持ちになりましたが、私には無視をする事しかできませんでした。

もちろん、両親にも言えませんでした。

ばっしー
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今思うと、こういう時にもっと周りの大人頼ればよかったなと思います。

おわりに

小学生のころは、学校の環境が良い方向に働き、よい友達に恵まれたことで、穏やかに過ごす事ができました。

しかし、上級生・下級生と関わる機会が増えたことで、アピアランスの問題に触れてくる層が広がる年代でもあります。

また、幼稚園のころと違い、アピアランスの問題に向けられる言葉は「疑問のことば」ではなく、「悪意のある言葉」に変わってくる時期だと実感しています。

”いじめ”の境界線はわかりませんが、捉え方によっては私の体験も”いじめ”だったのかもしれません。

  • いじめる人は、その事実を隠蔽します。
  • いじめられている人は、簡単に相談できません。

私の経験上、子どもが辛い出来事について両親に相談した時は、「すでに限界ギリギリのところにいる」くらいの気持ちで受け止める必要があると思います。

この記録が、同じような経験をしている方や、お子さんを支えているご家族の方にとって、少しでも心の整理や理解の助けになればうれしいです。

ばっしー
ばっしー

「わたしの声が、誰かの希望になる」ことを願っています。

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