
この記録には、私が網膜芽細胞腫になったことで経験した「幼稚園のころの体験」をまとめています。
本人はもちろん、親御さんやご家族の参考になればうれしいです。
下の記録で、網膜芽細胞腫によるアピアランスの問題が、私の人生に与えた影響についてまとめています。
幼稚園の環境
私が通っていたのは、年少組・年中組・年長組(4歳・5歳・6歳)で複数のクラスがある、一般的な私立の幼稚園です。
特に、特別学級のようなクラスはなく、他の子ども達と同じクラスでした。
幼稚園の規模は、在園当時も比較的大きく、2025年現在では400人を超えているようです。
通園は、他の子ども達と同じように、幼稚園バスを利用していました。
幼稚園での生活

網膜芽細胞腫の治療や検査があったため、私が入園したのは年中(5歳)からです。
「年少組から入園していたら…」という不満や後悔の気持ちは、現在まで一切ありません。
生活
幼稚園での生活は、網膜芽細胞腫による視覚障害とアピアランスの問題があったものの、先生のサポートもあり、「幼稚園に行きたくない」という気持ちを抱くことなく過ごせました。
網膜芽細胞腫に伴う影響がなかったわけではありませんが、幼稚園で「いじめられた記憶」はありません。

この頃から、「人との違い」は感じていたのかもしれません。
網膜芽細胞腫・視覚障害の影響
- 他の子どもとぶつかって、メガネが壊れたことがある
- 視覚障害の影響で右側の状況が把握しづらい。
- プールに入った記憶がない
- プール禁止されてたのかな?
- 夏休み中の行事(お泊り会 など)は参加したことがない
- 夏休みは、全身麻酔での眼底検査のため入院

毎年、夏休みは「病院でお泊り会」でした。
アピアランスの問題による影響
- 私の見た目に対して「疑問のことば」を向ける子どもが一定数いた
- なんでそんな「メガネ」してるの?
- 「疑問のことば」を向けられた時は、いつも泣いていました。
義眼については、触れられることはありませんでした。
この時すでに、右目が閉じづらい状態であったため、お昼寝の時間は右目が開いた状態で寝ていたのですが、そのことについて触れられたことはありませんでした。

いま振り返ると、メガネについて「何度も繰り返し聞く子はいなかった」のが救いでした。
ただ、現在も「疑問のことば」が飛んでくることはあるため、子どもは苦手です…。
先生の対応と関わり
入園前に、両親から幼稚園側へ網膜芽細胞腫と視覚障害についての話はしていました。
私が関わった先生方は、内面では注意して見ていてくれたと思いますが、表面上では他の子ども達と分け隔てなく関わってくれていました。
私が、他の子どもにメガネのことを言われて泣いていれば、寄り添ってくれ、また、私が良くないことをすれば、ダメとしっかり注意してくれました。
しかし、先生も終始私を見ているわけではないので、泣いていることに気づいてもらえない時もありました。

私にとっては、表面上では特別扱いせず、「他の子ども達と同じように向き合ってくれたこと」は良かったなと感じています。
いま思うと、特別扱い(過保護 など)されていたら、もっと人との違いを感じていたのかもしれません。
両親・兄弟の対応と関わり
幼稚園の頃、両親と網膜芽細胞腫や視覚障害、見た目の話をしたことはありません。
また、私も幼稚園でメガネのことを指摘されて泣いたことを、両親に言ったこともありません。
(先生からの連絡帳に書いてあり、両親は知っていたのかもしれませんが…。)
兄弟については、2つ離れた兄と弟がいましたが、幼稚園での関わりは全くありませんでした。
自宅では、ケンカをした時に「メガネ」や「デカ目」と言われたことがあった程度です。

この頃は、「辛い体験を言いたくなかった」という考えはなく、「幼稚園での辛い体験は、その瞬間しか頭になかった」という事だと思います。
友達との関わり
友達はできるのか……アピアランスの問題では、ここが大きなポイントになると私は実感しています。
結論から言うと、友達はできました。
きっかけは、泣いている私に声をかけてくれたこと。
仲良くなってしまえば、私の見た目に対して”疑問のことば”が向けられることはありませんでした。
友達ができてからは、他の子ども達とそれほど変わらない幼稚園生活を送っていたと記憶しています。

こころの痛みを伴うことはありましたが、それが友達をつくるきっかけでもあった…。
いまはもう付き合いはありませんが、この時の友達がいなかったら、今とは違う人生になっていたと思います。
こころの痛みの記憶
幼稚園での生活は、比較的穏やかに過ごすことができましたが、網膜芽細胞腫やアピアランスの問題による辛さはありました。
ここでは、その中でも特に記憶に残っている体験をまとめています。
【体験1】「なんでそんなメガネしてるの?」

冒頭からちょくちょく出ている、凸レンズのような「分厚いレンズのメガネ」の話です。
他の子ども達から、「何でそんなの(メガネ)してるの?」と言われることがたくさんありました。
特に、入園して間もないころに多く、自分でもなぜメガネをしているのかわからず、泣くことしかできませんでした。
馬鹿にされたわけでもなく、ただ単に「なぜそのメガネをしているのか?」と聞かれているだけなのですが、私にとっては、
- 他の子ども達は、このメガネをしていない。
- 自分だけが、このメガネをしている。
- 自分はみんなと違う。
- なぜ自分だけ?
という、”みんなと違うところを指摘されること”に自然と涙が出ていたを覚えています。

この体験から、「見られることへの敏感さ」や「人との違いを意識」するきっかけになったように思います。
おわりに
幼稚園のころは、こころの痛みを伴いながらも、穏やかな日々を過ごせていました。
網膜芽細胞腫やアピアランスの問題によって感じた違和感は、幼い私には言葉にできないものでしたが、確かに心の中に残っています。
それでも、先生や友達との関わりの中で「自分はひとりじゃない」と感じられる瞬間があったことは、今振り返っても大きな救いだったように思います。
現在も、子どもに限らず「好奇の視線」や「心ない言葉」が向けられることはあります。
国立がん研究センター中央病院のアピアランス支援センターの方からは、”質問に対する答えをあらかじめ用意しておくと良い”というアドバイスをいただいたことがあります。
この記録が、同じような経験をしている方や、お子さんを支えているご家族の方にとって、少しでも心の整理や理解の助けになればうれしいです。

「わたしの声が、誰かの希望になる」ことを願っています。




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