
この記録には、私が網膜芽細胞腫になったことで経験した「中学生のころの体験」をまとめています。
本人はもちろん、親御さんやご家族の参考になればうれしいです。
下の記録で、網膜芽細胞腫によるアピアランスの問題が、私の人生に与えた影響についてまとめています。
中学校の環境
私の通っていた中学校は、町中にある一般の中学校です。
中学校は、近隣の小学校3校の生徒が入学し、各学年5~6クラスと比較的大規模でした。
(小学校は、全学年1クラスしかなかったため、中学生で初めて「クラス替え」を経験。)
特別学級はありましたが、3年間一般のクラスで過ごしました。
通学は自転車で、片道40分程度かかっていました。
部活は、ケガをしづらい運動部が良いと思っていたので、3年間「卓球部」に所属していました。

「第一印象は見た目」という言葉があるように、アピアランスの問題がある私としては、入学・クラス替えと毎年”初見”が来ることに不安を感じていたのを覚えています。
中学校での生活

中学校での生活は、アピアランスの問題で最も辛い経験をした時期でした。
また、担任の先生から「違和感を覚える言葉」を言われたことが、今でも心に残っています。
生活
中学生のころは、”からかい”や”いじめ”など辛い経験が多くありましたが、不登校になることなく学校へは通っていました。
1~2ヶ月に1回の定期検診は続いていたため、通院の際は早退していました。
座席は前の方にしてもらっていましたが、勉強や休み時間の過ごし方に制限はありませんでした。
入学直後から、アピアランスの問題に触れる人がおり、次第に日常化していきました。
こういった事に対し、無視する事しかできなかった私は、「自分が弱い人間と見られること」への抵抗がさらに強くなりました。
その反面、どうしようもない現状が、自分の感情表現を制限し、
- 自分の気持ちを素直に表に出せない。
- 自分を認めたくない。
といった思いが、心の奥底に刻まれた状態で生活していました。
アピアランス(外見)と”からかい・いじめ” × 思春期
- 外見に基づく”からかい”や”いじめ”は、思春期の子どもの自己肯定感を大きく損ない、
- 不安・抑うつ・自己否定などの心理的影響をもたらすことが複数の研究で示されています。
- 外見への不満や自己評価の低さが、いじめの標的になりやすさと関連することも報告されています。
- (Puhl & Latner, 2007/Fox & Farrow, 2009)
網膜芽細胞腫・視覚障害の影響
- 座席は前の方にしてもらっていた。
- 朝会など、人が多い場所では、右側の人にぶつかることがあった。
- 体育の授業でメガネが破損したことがある。
- サッカーボールが飛んでくるのに気づかなかった。
- この件は、いじめなどの類ではない。
- 部活の卓球で、空振りすることが多かった。
- 慣れたのか、時間とともに空振りの頻度は減少。
- 部活で、メガネの破損やケガはなかった。
アピアランスの問題による影響
- 一部の同級生から、日常的に心ない言葉を向けられていた。
- 見た目に関すること
- 義眼に関すること
- プールは入らなかった。
- 「メガネはずしてみて」とからかわれたのが原因で、人前で”メガネをはずしたくない”という気持ちが再燃。
- バスでの長距離移動や泊りがけの行事に不安があった。
- 寝る時に右目だけ開いたままになってしまう。
- 合宿や修学旅行で、寝顔を見られたくなかった。
- バスでの長距離移動の際は、どんなに眠くても寝ない努力をしていた。
- 寝る時に右目だけ開いたままになってしまう。
小学校のころと違い、先輩や後輩からは”見た目の問題”について触れられることが、ほとんどありませんでした。
(詳しくは「【こころの痛みをたどる記録】小学生編」を参照)

中学生になって、はじめて「義眼」について触れられました。
私が中学生のころは、スマホが普及していなかったので、同級生が「義眼」という言葉を知るきっかけは、周囲の大人にあったのではないかと思います。
アピアランス(外見)と心理 × 思春期
- 思春期の子どもは、外見への意識が急激に高まり、他者からの視線や評価に敏感になることが知られています。
- 外見の違いは、自己概念や対人関係に影響し、心理的負担につながることが報告されています。
- 特に、義眼や片眼視など“見た目の特徴”を持つ子どもは、思春期に悩みが強まりやすいとされています。
- (Rumsey & Harcourt, 2005/Clarke, 2014)
先生の対応と関わり
中学校生活では、アピアランスの問題から”からかい”や”いじめ”を受けていましたが、その事を知ってか知らずか、担任の先生が何か対応するという事はありませんでした。
また、私自身も「自分が弱い人間と見られること」への強い抵抗があり、「大人に相談する=弱い人間と思われる」という考えであったため、先生へ相談したことは一度もありません。
中学生のころ、先生との関わりで一番記憶に残っているのが、担任の先生からの意味深な発言です。(詳しくは体験に記録)

中学1年生のころは、過去に兄の担任をしていた先生が、気にかけてくれていました。
小学校に続き、なぜか兄の担任の先生がよくしてくれていました。
両親・兄弟の対応と関わり
学校生活で、辛い体験やいじめがありましたが、自宅では平然を装ってました。
そういった体験は言いたくなかったのですが、この時はじめて両親に話をしました。
しかし、両親から返ってきたのは、
- みんなそれぞれ大変なことがあるのだから。
- あなたより大変な人は、世の中にたくさんいる。
- あなたも頑張りなさい。
といった言葉でした。
その時は、「そうなんだ…」「私もがんばらないといけないんだな…」と納得してしまいました。
それ以降、両親へ網膜芽細胞腫やアピアランスの問題について話をすることはありませんでした。
兄弟とは、私と在学時期が重なった期間がありますが、学校生活での関わりはありません。

当時の両親も、どう声をかけていいのか、分からなかったのかもしれません。
ただ、私にとってはその言葉が“相談しづらさ”につながってしまいました。
友達との関わり
こんな辛い体験をした中学校生活でしたが、不登校にならなかったのは、友達の存在があったからです。
小学校からの友達もいましたが、入学後はそれぞれ新しい友達ができ、関りが少なくなった人もいました。
しかし、私にも新しい友達ができ、その存在に支えられながら中学校生活を送ることができました。
私の中で、学校生活を送る上で友達の存在が最も重要と考えていたため、私なりの作戦を実行していました。
私が実行していた「友達作戦」
- 入学(クラス替え)直後を狙った。
- 他のクラスメイトも、環境の変化に立たされており不安があるのは一緒。
- 不安がある中、声をかけてきた人に暴言や悪口を言える人は少ない。
- 座席の周りの人から、手当たり次第に声をかけた。
- 捨て身の覚悟で声をかけた。
- 「下手な鉄砲数打ちゃ当たる」の精神。
- 友達のグループができる前に、先手を打つ。
- 話題なんてなんでもよかった。
- 出身の小学校
- 部活
- 当時流行っていたゲーム(ポケモン、遊戯王)
- これがかなり活きた。
その年代・身の回りで流行っていることに触れておくことが、話題の”共感”として活きてくると思います。

大人になってからですが、何人かの友達には、私から網膜芽細胞腫のことも話した事があります。
友達の存在には、ほんとうに感謝しています。
こころの痛みの記憶
中学校では、一部の同級生から見た目や義眼について、”からかい”と”いじめ”を日常的に受けていました。
また、担任の先生から言われた”意味深な言葉”が、今でも記憶に残っています。
ここでは、その中でも特に記憶に残っている体験をまとめています。
【体験1】日常的に向けられた”からかい”と”いじめ”
入学して数日後から、すでに私の見た目について触れてくる人はいました。
ですが、この頃はまだ”一時的に聞いてくるだけ”で、またかばってくれる人もいました。
しかし、時間の経過とともに、一部の同級生から言葉の暴力による”からかい”と”いじめ”が日常化しました。
私を呼ぶ時、すれ違いざまに、意図的に…。
学校生活のさまざまな場面で、以下のような言葉を向けられていました。
- 目に関すること
- 怪奇
- キモい
- 目デカ
- ギョロ目
- 目ひっこみ
- しんしょう(身障)
- メガネはずしてみろよ
- 義眼のこと
- お前、義眼なんだろ?
- 目とれるんだろ?
- 目とってみて
私は、涙をこらえ、感情を押し殺し、強がり、耐えるしかありませんでした。
この生活が、思春期の3年間ずっと続いたことを振り返ると、自分でも本当によく耐えたなと思います。

今だから言えますが、両親や頼れる先生(今ならカウンセラーや心理士)など、「誰かを頼り、支えてもらいたかった」というのが本音です。
ちなみに、私をいじめていた同級生は、たばこを吸ったり、紙を染めている、いわゆる不良みたいな人ではなく、そういった人にはペコペコし、弱い人にだけイキってるような人でした。

同窓会で、私のアピアランスの問題でいじめていた人が、”美容鍼灸の仕事”をしていると知った時は驚きました。
美容って…。見た目に悩む人の気持ち、理解できるのかな…??
【体験2】担任の先生の意味深な発言
中学3年生の体験です。
当時の担任は、1年生の時の担任だったため、私にとって2回目の担任となる先生でした。
この先生が私に、「私がいじめられていることを知っていた」と思わせる発言をしてきたことがありました。
先生の意味深な発言に至るストーリー
I君と言うクラスメイトがいました。
I君は私の友達であり、私をいじめていたS君の友達でもありました。
(もちろん、3人で遊ぶ事はありません。)
ある日、私がI君と遊んでいた(じゃんけんで勝利:攻撃、敗北:防御)ところを見たクラスメイト(S君の友達)が、担任の先生に「私がI君に嫌がらせをしている」と言ったそうです。
(ちなみに、この遊びは他にもやっている人が多くいました。)
それから、私は担任の先生に呼び出され、「I君をいじめているのではないか?」との質問をしてきました。
さらに先生は、「あなたはI君を自分より下だと思っているの?」という質問をしてきました。
もちろん、私は友達と遊んでいただけなので、上下関係など全く意識していませんでした。
(もしかしたら、先生への報告も、私をいじめていた”S君の企み”だったのかもしれません。)
この時、担任の先生が言った「あなたはI君を自分より下だと思っているの?」という言葉が、とても意味深に感じました。

当時の私は、「弱い人間と思われること」に強い抵抗があった影響もあるかもしれませんが、この言葉聞いた時に、
- 先生は、私を他の生徒より下だと思っているんだな…。
- 私が、見た目の事でいじめられているの知っていたんだな…。
と、先生への不信感を抱いたことが、今でも記憶に残っています。
【体験3】私が最も嫌だったこと
私が最も嫌だったことは、好きな女の子がいるところで、見た目のことで”からかい”や”いじめ”を受けることでした。
網膜芽細胞腫になっても、アピアランスの問題があっても、好きな女の子はできます。
思春期ですもん…。
その女の子とは、小学校のころから仲良しで、よく家にも遊びに行っていました。
私が”からかい”や”いじめ”を受けていたことを知っていたと思いますが、そのことにはまったく触れず、いつもどおり接してくれていました。
そんな好きな女の子がいるところで、”からかい”や”いじめ”を受けると、自分が弱く、情けなく、みじめで、頼りない人間に思えて仕方ありませんでした。

この記録を書いていたら、思い出した青春エピソード…
修学旅行の時、勇気を出して「2人で写真撮ろう」と誘ってOKもらったのに、その子が熱をだしちゃって、結局撮れなかったのを思い出しました。
これらの体験は、今でも私の心に残っていますが、同時に「誰かの痛みに気づける自分」を育てた体験でもあったと思います。
おわりに
中学生のころは、網膜芽細胞腫に伴うアピアランスの問題によって、日常の中に多くの辛さがありました。
「見た目に関する”からかい”や”いじめ”、担任の先生の言葉、言えなかった本音」
それらは、思春期という多感な時期に、確実に心へ影響を与えていました。
それでも、学校へ通い続けることができたのは、友達の存在があったからです。
入学・クラス替え直後に、勇気を出して声をかけたことが、私を支えてくれる人との出会いにつながりました。
あのときの「友達作戦」は、今振り返っても、当時の自分を救った大切な行動だったと思います。
また、“誰にも相談しない”という選択が正しかったのか、今でも考えることがあります。
「本当は、誰かに頼りたかったし、支えてほしかった。」
その気持ちを、少しずつ言葉にできるようになったのは、大人になってからです。
中学生の3年間で経験したこころの痛みは、今でも完全に消えたわけではありません。
しかし、その痛みを言葉にし、記録として残すことで、「過去の自分を理解し、今の自分を肯定する」ための大切なプロセスになっていると思います。
この記録が、同じようにアピアランスの問題やこころの痛みを抱える人、そしてその周囲にいる方々の理解や支えの一助になれば幸いです。

「わたしの声が、誰かの希望になる」ことを願っています。




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